2021.04.15
集英社刊 2020年度 文学賞受賞作品紹介
集英社では、これまで芥川賞や直木賞をはじめ、さまざまな文学賞受賞作品を刊行してまいりました。2020年度も数々の受賞歴を持つベテランから新進気鋭の作家まで、多くの話題作、意欲作を世に送り出し、栄えある賞を受賞しています。そのいくつかを担当編集のコメントと共にご紹介します。
新書大賞2021
『人新世の「資本論」』斎藤幸平
【担当編集コメント】
環境危機と資本主義の限界というお堅いトピック。400頁近い、新書らしからぬ「大著」。それが、なぜか発売数か月で発行20万部を超える大ヒット作になり、その年最高の一冊を決める「新書大賞」まで受賞してしまった――。どうして、そんなことが起こったのか。数多くのメディアから質問を頂くようになりました。
ヒットの秘密のひとつは、冒頭の一行にあります。<SDGsは「大衆のアヘン」である>。「エコでエシカルな商品を販売・購入しさえすれば、環境危機は克服できる」という思い込みを打ち砕かれた読者が、SNS上にその衝撃を拡散し続けました。本書はその後、経済成長と二酸化炭素排出量の削減は両立しえないことを詳細なデータで示します。つまり、もうこのままの資本主義社会ではいられない。じゃあ、どうすればいいのか? ここで解決策を示していることが、本書が高い評価を受ける理由です。若き経済思想家は、150年埋もれていた晩期マルクスの思想を「発掘」し、それをもとに、<コモン>(=共有財)の再建という道筋を示します。
その明るく、豊かな未来経済を一緒に作りたいという読者の反響が、どんどん大きな輪になってきています。3.5%の人々が意識を変えて動き始めると社会のシステムそのものが変革するとか。ぜひ本書を読んで、「チーム3.5%」の仲間へ、どうぞ。
第164回 直木三十五賞
『心淋し川』西條奈加
【担当編集コメント】
『心淋し川(うらさびしがわ)』は江戸の片隅、根津権現の裏手にある「心町(うらまち)」に住まう人々の生きる喜びと哀しみを描いた全6話、オムニバス形式の時代小説です。
時代小説というと、どうしてもハードルが高く感じてしまう人が多いかもしれません。でも、そんな人にこそ読んでいただきたい物語です。
たとえば、妾4人の共同生活に疲れた主人公が、旦那が持ち込んだ張形に仏像を彫り出す(しかもそれが評判を呼んで人気に!)「閨仏(ねやぼとけ)」は、社会の不合理によって苦境に追いやられた女性たちの連帯を描くシスターフッド小説としても読むことができます。
世の中という海を上手に泳げないまま流されてきた人々が、肩を寄せ合いながら心町で生を繋ぐ姿が描かれる「はじめましょ」は、先の見えないコロナ禍で加速する格差社会のありようと二重写しです。
息子への愛情という名の執着に凝り固まり、すべてを失いながらもなお息子を離さない母を描いた「冬虫夏草」は江戸の“毒親”の物語であり、現代の8050問題にも通じて、やりきれなさが胸にこみ上げてきます。
物語を紡ぎだした西條さん、そして読み手である私たちはともに今を生きていて、だからこそ、今作は遠い過去の絵空事ではなく、今と未来をそっと照らし出す力を持っているのだと思います。第164回直木賞受賞作、ぜひお手にとってください。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/urasabishigawa/
第15回 中央公論文芸賞
「家族じまい」 桜木紫乃
【担当編集コメント】
「ママがね、ぼけちゃったみたいなんだよ」。
子育てが一段落した智代に突然かかってきた、妹からの電話。智代も妹も実家を離れていて、認知症と思われる母は、横暴な父親と二人暮らし。長女である智代は、あえて距離を置いてきた老親との関係を突きつけられて――。『家族じまい』は、「親の老い」をきっかけに、人生のままならなさと向き合う人々を描いた連作形式の小説です。
「しまい」という言葉は、家族の「終わり」を想像させ、寂しく響くかもしれません。しかし「終わり」へと向かう家族それぞれの心の中は、焦り、あきらめ、愛着で入り乱れ、不思議な輝きを放ちます(決して悪い時間でありません)。
桜木さんの仕事場の窓から雪を眺めつつ、それぞれに家族の話をして拾い上げたものが小説に生まれ変わりました。皆さんの心に降り積もるものを溶かす温もりとなればうれしいです。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/kazokujimai/
第33回 柴田錬三郎賞
『逆ソクラテス』伊坂幸太郎
【担当編集コメント】
10年近い歳月をかけて完成した伊坂幸太郎さんの短編集『逆ソクラテス』。主人公はすべて小学生という、伊坂さんにとって初の試みとなった本作ですが、全体に通じるテーマは「先入観をひっくり返す」。子供たちの発想力と勇気が、固定観念にとらわれた世界をひっくり返していく様を描きます。各短編のあらすじや、伊坂さんによるインタビュー記事などは、ぜひ特設サイトから御覧ください。
本作は2020年4月に刊行され、その年の10月に第33回 柴田錬三郎賞を受賞しました。選考会では、使用できる表現や行動範囲が限られる「子供」が視点人物にもかかわらず、そのハードルを越え、心地よい読後感、爽快感を生み出していることが高く評価されました。本作はその後、2021年本屋大賞にもノミネートされています。
内容はもちろん、装丁にも注目いただきたいです。デザインは装丁家の名久井直子さん。装画は画家のjunaidaさん。伊坂さんを含むこの三者のコラボレーションが本当に素晴らしい。小説の内容と、デザインと、装画が、完璧なバランスで存在していて、これ以上のものはないと思える装丁です。ぜひ「伊坂作品史上最高の読後感」を味わった後は、装丁をじっくりと眺めていただきたいです。
その他にも多くの作品が文学賞を受賞しています。各書誌紹介のリンク先には試し読みもございますので、興味を持たれた方はぜひご一読ください。
第30回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞
「ホテル・アルカディア」石川宗生
2020年03月26日発売
定価:2,200円(10%税込) 本体2,000円
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/hotelarcadia/
第5回 渡辺淳一文学賞
「アタラクシア」金原ひとみ
2019年5月24日発売
定価:1,760円(10%税込) 本体1,600円
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/contents/ataraxia/index.html
第24回 司馬遼太郎賞
「ナポレオン」 (全3巻)佐藤賢一
第1巻「台頭編」 2019年8月5日発売
第2巻「野望編」 2019年9月5日発売
第3巻「転落編」 2019年10月4日発売
各巻定価2,420円(10%税込) 本体2,200円
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/contents/napoleon/index.html