2022.12.15
2022年度「出版四賞」の贈賞式で語られた、作家たちの喜びの声
集英社が主催する4つの文学賞の贈賞式が、11月、都内のホテルで開催されました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため出席者の数を制限しながらも華やかな雰囲気の中、「柴田錬三郎賞」をW受賞した青山文平さんと金原ひとみさんをはじめ、受賞者5名が登壇。喜びを語りました
2作同時受賞の「柴田錬三郎賞」
「柴田錬三郎賞」選考委員の林真理子さんは、青山文平さんの『底惚れ』と金原ひとみさんの『ミーツ・ザ・ワールド』が受賞したことについて、「老練な作家と若い作家の受賞。対照的なおふたりのようですが、実はものすごく新しいことをなさっている。私たちに新しい文学の可能性を見せてくれた」と評しました。
『底惚れ』は、惚れた女を探すために女郎部屋を開いた男のサクセスストーリーを描いた、江戸ハードボイルド長編。小説を書く際、構想よりも素材探しを先にする執筆スタイルの青山さんは、「大人物や大事件には興味が向かない」と語ります。
「私が探すのは、微小な球のなかに無限の普遍性が凝縮されている素材に限ります。ちょっと突くと、それがほとばしる、そういう史実です。とびきりの素材は滅多に得られるものではないので、1年に1〜2冊しか書けません。それでもこの歳まで続けているのは、知らない自分に出会えるから。『底惚れ』もそうでした。それまでの自分では書けないものが書けたと自負しています」
『ミーツ・ザ・ワールド』は、恋愛未経験の腐女子・由嘉里と、希死念慮を抱えた美しいキャバ嬢のライの物語。金原さんは19年前、デビュー作の『蛇にピアス』で、すばる文学賞を受賞した過去が。
「初めて贈賞式の舞台に上がったのは19年前。まさに集英社出版四賞のパーティでした。翌年、芥川賞を受賞し“その後はしばらく受賞できる賞がないから覚悟するように”と編集者に言われました。実際に何年も賞とは縁がなく、何度も作品がボツになったり、子供が生まれてからは思うように執筆ができなかったりなど、辛い気持ちで書いていた時期もありました。19年経って、またこの舞台に戻ってこられたことは、当時の自分を慰めてくれているような気分です」
気鋭の新人に与えられる「すばる文学賞」
「すばる文学賞」に輝いたのは、大谷朝子さんの『がらんどう』。ルームシェアを始めたアラフォー独身女性ふたりの生活を描いた物語で、選考委員の岸本佐知子さんは、「重いテーマを芯にはらみつつも、推し活でつながった女ふたりの共同生活やディテールがイキイキとしていて軽妙で、文章のリズムがすごくよく、ぐいぐいと引き込むように読まされた」と選評。
中学生の頃から小説家になることが夢だったという大谷さんは、スピーチで「私は非常に凡庸な人間です」とあいさつ。
「その凡庸な世界の中で私の小説を書き続けました。最終選考に残ったという連絡があったときに、編集者の方に“文章が控えめですね”と言っていただいたことが印象に残っています。大勢の中で埋もれてしまう性質も、個性として表れているのが私の小説なんだなと思ったことを覚えています。私の小説だったものが、誰かの小説になり変わることがあるならば、この上なく幸せなことだと思います」
エンタテインメント小説の登竜門「小説すばる新人賞」
ジャンル問わず、大きな可能性を秘めた新星に与えられる「小説すばる新人賞」を受賞したのは、青波杏さんの『楊花(ヤンファ)の歌』。選考委員の北方謙三さんは、「新人の作品はどれだけうまく書いたかではなく、何に触ったかが重要になる。少女が山中を疾走するシーンで生み出された、切迫感、恐怖感はグッと読者に迫ってきて、小説で書くべきものに触れていた。少女の疾走が賞を獲った」と語りました。
大学教員として働く青波杏さんのライフワークは、女性史研究。受賞作は、戦時中の中国・厦門と日本統治時代の台湾を舞台に、国家と戦争、男たちに翻弄される女性たちを描いています。
「主人公のふたりの女性を通し、私がこれまで出会ってきた人たち、歴史の中の人たちが、小説の中で語り出しました。私自身が書いているのに、物語がどこに進んでいくのかわからない、そういう面白さがありました。アーシュラ・K・ル=グウィンのエッセイに“絶え間なく絶え間なく待っていたら、女たちがひとり、またひとりやってきて、私を通して語る”という一説がありました。初めてそのことを実感しました」
行動する作家の名を冠した「開高健ノンフィクション賞」
史上最年少の30歳での受賞となった佐賀旭さんの『虚な革命家たち--連合赤軍 森恒夫の足跡をたどって』は、1960年代末、“総括”によって同志12人を殺害した連合赤軍のリーダー森恒夫に焦点を当てたノンフィクション。
選考委員の茂木健一郎さんは、「分断されがちな日本において、ある世代の非常に切実な経験を、佐賀さんが聞き取り、調べてくれたことによって、世代と世代の魂が繋がった。ノンフィクションではあるけれど、ひとつの時代に対する鎮魂歌であり、大きな意味での我々の心の癒しになる」と語りました。
「記者として活動する佐賀さんが学生運動に興味を持ったきっかけは、三里塚闘争。「当時の若者たちは、なぜそこまで政治に本気になれたのか」という問いを追い求め、関係者に取材を進めていったといいます。
「連合赤軍事件から50年となる節目の今年。3月にはロシア軍によるウクライナ侵攻、7月には安倍元首相の銃撃事件もありました。政治と暴力というテーマは、この作品のテーマであり、現在私たちが直面している問題でもあります。私自身、これからもこのテーマを追いつつ、歴史を引き継ぐものとして、次の世代に繋いでいきたいと思います」
5人の受賞者の言葉には、作品を評価されたことの喜びだけでなく、書くべきものに出会い、突き動かされてきたというプライドと充足感がほとばしっていました。同じ時代に生きる作家たちが情熱を注いだ“今”読むべき力作に、ぜひ注目してください。