2023.01.16
集英社刊 2022年度文学賞受賞作品紹介
集英社の刊行作品は、2022年度にも数々の文学賞の栄誉に輝きました。作家の創作の現場を見て、苦労に寄り添ってきた担当編集の言葉で、4作品をご紹介します。(受賞発表順)。
第166回 直木三十五賞
『塞王の楯』今村翔吾
【担当編集コメント】
直木賞を受賞したら、47都道府県をめぐって書店さんや読者の皆さんに直接お礼を伝えたい――。
今村翔吾さんはかなり前からその夢を語っていました。
正直、担当編集の私は「無理ではないか」と思いました。そもそも執筆で忙しすぎる、訪問先の調整という膨大な事務作業はどうするのか、体力的にも厳しいだろう、費用だって大変なことになる……そのような言葉が浮かびました。
しかし今村さんは「今村翔吾のまつり旅」と名付けた、今回の旅の公式HPで語ります。
「絶対に無理」と、言ってしまいがちなことを、やり通す大人になりたいと思った――。
愚かな担当編集の心配をよそに、今村さんはすべての課題をクリアし、47都道府県をめぐる旅をやり遂げました。118泊119日、訪問した書店・学校・図書館などは271ヵ所、サインした本は6910冊、そして会われた人数はなんと1万1570人。
今村さんは宣言通り、無理だとあきらめず、夢を実現させました。
本作の主人公もそうです。戦国時代、石垣職人の匡介(きょうすけ)は「愛する人たちを守り抜く」という思いを胸に、圧倒的な敵に立ち向かいます。「絶対に無理」と絶対に思わない。大軍に囲まれるという絶対不利な状況でもあきらめない。立花宗茂(たちばな・むねしげ)という名将に攻められてもあきらめない。守るべき人に信じてもらえなくてもあきらめない。「どんな守りも打ち破る大砲」を撃ち込まれてもあきらめない。
本作の熱さは、今村さんのお人柄が反映されているのだと改めて感じました。
熱い想いの詰まった作品、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。
詳しくはこちら
https://lp.shueisha.co.jp/tatexhoko/
「今村翔吾のまつり旅」はこちら
https://matsuritabi.zusyu.co.jp/
第35回柴田錬三郎賞
『ミーツ・ザ・ワールド』 金原ひとみ
【担当編集コメント】
「銀行員とキャバ嬢の話を書きたいと思っています」
金原ひとみさんと初めて『ミーツ・ザ・ワールド』の打ち合わせをしたのは、2018年のこと。金原さんにとって初のファッション誌での連載(雑誌「SPUR」の2018年12月号~2021年9月号に初出掲載)でもあり、どんなテーマになるのだろうとワクワクしながら臨みました。すると、冒頭のような、思ってもみないご提案をいただき、絶対に良い作品になる、と確信したことを覚えています。
人生で2度目の合コンの帰り、歌舞伎町で酔いつぶれていた銀行員の由嘉里(ゆかり)を助けたのが、偶然通りかかったキャバ嬢のライでした。腐女子で自己肯定感の低かった由嘉里は、ライとの出会いによって世の常識から解き放たれていくのですが、一方のライには強い希死念慮があって……。
推しへの愛と三次元の恋は違うのか。圧倒的な他者と思いを通わせることはできるのか。2年半に及ぶ連載を経て完成した本作は、「この世に存在する全ての分かり合えない者同士の関係に対する祈り」を込めて書いたものだったと、柴田錬三郎賞の受賞を機に伺いました。読む人の心に寄り添ってくれる小説『ミーツ・ザ・ワールド』は、金原さんご自身の新たな扉を開いた作品でもあったのだと、今、感じています。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/meetstheworld/
第13回山田風太郎賞
『地図と拳』 小川 哲
【担当編集コメント】
ハルビン、長春、瀋陽、大連――。小川哲さんと担当編集者のふたりで、中国東北地方を訪れたのは2018年6月。ちょうどロシアでのサッカーワールドカップが開催中で、各都市の繁華街は毎晩盛り上がっていました。
約2週間に及んだ取材の目的は、『地図と拳』の舞台である満洲(現・中国東北部)の地を肌で感じ、テーマのひとつである当時の「建築」を学ぶこと。それは同時に、戦時中に日本がもたらした「負の遺産」を巡る旅にもなりました。
小川さんが構想を始めた2017年から、2022年の刊行まで、約5年の時間がかかったことになります。途中、雑誌連載が1年以上中断されたのは、本作の執筆に様々な困難があったためです。満洲の激動の半世紀を描き切るには、複雑に絡み合った歴史の因果の糸を解きほぐさねばなりません。そのための格闘の跡は、巻末に挙げられた151冊の参考文献からも伝わると思います。
現代に生きる人間が過去の戦争を書くために必要なのは「戦争が僕たちのものだという感覚を掴むこと」だと小川さんは語っています。あの時代に生きていたら自分も戦争に加担したかもしれない、人を殺していたかもしれない――その感覚を生み出すことこそ、フィクションが現実に対抗してできる反戦活動ではないか、と。
そんな思いが、読者を引き込むエンタテインメントの形で結実したのが『地図と拳』という作品です。小川さんが本作に注ぎ込んだ「熱」が、多くの人に届くことを願っています。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/chizutokobushi/
第6回未来屋小説大賞
『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇美緒
【担当編集コメント】
知力・体力に秀でた特殊工作員が国際的な陰謀をめぐって暗闘する――。「スパイ小説」と聞けば多くの方が抱かれるイメージだと思いますが、安壇美緒さんの『ラブカは静かに弓を持つ』は、そんなイメージを大きく裏切り、想像を超えた感動へと読者を誘う“スパイ×音楽小説”です。
舞台は現代日本。主人公の橘樹(たちばな・いつき)は音楽著作権管理団体に勤める会社員です。ある時、上司から呼び出され、音楽教室への2年間の「潜入調査」を命じられます。目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。けれども、チェロ講師・浅葉桜太郎(あさば・おうたろう)との出会いによって、心を閉ざして生きる橘が奏でる歓びを見出していき……。
スパイとして偽りの仮面をかぶり続けた橘が、最後に選び取るのは何か? 人と人とが出会い、時を重ねて生み出される信頼という感情のかけがえのなさが、チェロの深い響きとともに、真っ直ぐに胸を打つ物語です。
コロナ禍が続き、様々な不安が膨らむ2022年に、本書が版を重ねて多くの読者の方々のもとへ届いていること。そして、全国の未来屋書店の書店員さんたちが今作を大賞に選出してくださったこと。この世には物語がもたらす光が確かにあるのだと、つよく励まされました。この場を借りて、未来屋書店の皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。