2023.06.15
第8回「渡辺淳一文学賞」贈賞式開催。受賞作は、過剰な純粋さがほとばしる古谷田奈月氏の『フィールダー』
3年ぶりに祝賀パーティを開催
昭和・平成を代表する作家であり、豊富で多彩な作品世界を多岐にわたり生み出した渡辺淳一氏の功績をたたえる渡辺淳一文学賞。「純文学・大衆文学の枠を超えた、人間心理に深く迫る豊潤な物語性をもった小説作品」に与えられる賞で、過去には川上未映子氏の『あこがれ』(第1回)、平野啓一郎氏の『マチネの終わりに』(第2回)、千早茜氏の『透明な夜の香り』(第6回)など、文学の香り濃いさまざまなジャンルの作品が受賞しています。
第8回の受賞作は、古谷田奈月氏の『フィールダー』。主人公は編集者で、女児を触った疑いをかけられ姿をくらました児童福祉専門家の捜索に奔走。唯一癒やされるのが、スマホゲームをプレイする時間で…という内容。小児性愛、ソシャゲ中毒、ルッキズム、希死念慮、ネット炎上、社内派閥抗争、猫を愛するということなど、現代を揺さぶる事象が緻密に絡まり合う、読むものを圧倒する小説です。
選考委員の胸を打った過剰な純粋さ
5月19日、3年ぶりに祝賀パーティが開催された贈賞式では、選考委員のひとりである小池真理子氏が登壇し、講評の冒頭に「この作品の選考会は、一筋縄ではいきませんでした」とあいさつ。その理由に、「ゲームの世界がなんであるかの分析や批判が少ないのではないか」「選考委員(浅田次郎氏、小池真理子氏、高樹のぶ子氏、宮本輝氏)は全員70代。スマホのオンラインゲームそのものをやったことがない、そもそもやりたいとも思わない4人だった」ことを挙げ、それでも受賞に至った理由を「ひとえに古谷田さんの熱量の高さ」と語りました。
「ほとんどパニック状態と言ってもいいくらいの考察や思いの丈がこの作品に全部詰まっています。選考委員の高樹のぶ子さんは、講評の中で“忌々しいまでの熱!”と書かれていますが、本当にその通りだと思います。その過剰な純粋さのようなものに胸を打たれました」と続けた小池氏。
作品中にちりばめられたさまざまな問題やテーマについては、「社会学者のように分析しようとか、哲学者のように新しい意見を述べようとかいった兆しがまったく見えなくて、テーマを丸投げしている。それでも作者の表現力の持つ確かさがあるから、途方もない魅力でつながっていきます。日頃、作者がつまずきながら、迷いながら、悩みながら考えておられることを、小説の世界に迷わず全て書き尽くしたというふうに私は解釈しました。それが読者をつかんで離さない結果になったと思います」と評価しました。
受賞スピーチで語られた書くことの孤独と喜び
熱のこもった講評を受け、古谷田さんは「スピーチ原稿を用意して全部覚えてきましたが、もう、どうでもいいやと思いました(笑)」とあいさつ。
「私自身、最後まで読むのに体力のいる作品だと思っているので、作品を読み通していただけたことだけで、ずっと感動していられます」と続け、控え室での渡辺淳一氏のご息女との会話に言及。
「頑張っているけど、小説で生活していくのは大変なんです。でも私にできることは“これしかない”から」という本音に、「これが“ある”んじゃないですか」と返され、「そのことは私自身もわかっていたつもりでしたが、すごく励まされました。素晴らしい賞をいただけたこと、誠に光栄に思います」と語りました。
短いながらもストレートな言葉に、作家という職業の苦悩と孤独、そして書くことの喜びがあふれていました。文芸ファンの胸を打つ圧倒的な小説を生み出した古谷田氏。同業の選考委員たちをも圧倒した力作に、ぜひ注目してください。