2024.01.15
集英社刊 2023年度文学賞受賞作品紹介
集英社の刊行作品は、2023年度にも数々の文学賞の栄誉に輝きました。作家の執筆活動に寄り添い続けてきた担当編集者の言葉で、4作品をご紹介します。(受賞発表順)。
第64回 毎日芸術賞・第57回 吉川英治文学賞
『燕は戻ってこない』桐野夏生
【担当編集コメント】
“現実は常に、桐野作品の「再演」でしかない――。”
第64回毎日芸術賞を受賞したさい、上記のコピーを『燕は戻ってこない』の新装帯に刻ませていただきました。『OUT』(講談社刊)を始め、小説作品を通して常に世の現実をあぶり出してこられた桐野さんですが、本作では「代理出産」という極めて今日的な題材を追及されました。
『燕は戻ってこない』の主人公は、北海道での介護職を辞し、憧れの東京で病院事務の仕事に就くも、非正規雇用ゆえに困窮を極める29歳女性・リキ。「いい副収入になるから」と同僚のテルに卵子提供を勧められ、ためらいながらも生殖医療専門クリニック「プランテ」に赴くと、なんと、国内では認められていない〈代理母出産〉を持ち掛けられる……という、生殖医療の倫理を問う予言的ディストピアになっています。
このところ、「ケア」の在りかたや「資本主義」を根底から問うようなテーマの書籍が、フィクション・ノンフィクション問わず広く話題になっているかと思います。本作は、「代理出産」なる、資本主義社会の構造的なひずみがもたらした究極の「ケア労働」を捉えているという点で、まさにこの時代に必要な一冊になっている……! と、2019年春の連載開始時から並走してきた担当編集として、改めて、桐野さんの「先見の明」に慄くばかりでした。
物語の中盤、主人公のリキは、ままならない状況のなかで自らに課せられた「代理出産」という負荷に耐えきれず、ある重大な契約違反をおかしてしまいます。桐野さんは結末を決めずに執筆を進められるのですが、後半、思わぬ方向にぐんぐん物語の舵がきられるところも、本作の大いなる読みごたえに繋がっています。
デビュー以来30年にわたり物語の中で女性の困窮と憤怒を訴え、2021年には女性初の日本ペンクラブ会長に就任された桐野さん。そんな桐野さんが、女性の生き方を大胆に描き切られた本作が、長く読み継がれることを心から願っています。
第25回大藪春彦賞
『はぐれ鴉』赤神諒
【担当編集コメント】
本作は、赤神さんが別の案件で取材に行った先の大分で、前竹田市長と会い、竹田とその歴史を愛する市長の熱い心に感銘を受けて生まれた作品です。竹田市の歴史を紐解くと、そこには「隠れキリシタン」の存在を示す歴史的遺物が多く存在し、現在も何のために作られたものか、解明されていないものもあるということです。
『はぐれ鴉』はそんなキリシタンの歴史と「竹田藩」(架空の藩)で起こった城代一族惨殺事件を絡めた時代ミステリであり、竹田市の史実に依拠した歴史小説としても楽しむことができる作品です。
また、小説による「町おこし」のモデルの一つとして、「小説すばる」連載時には竹田市の高校生に毎回題字と挿絵を書いてもらうという試みをしました。
物語は、竹田藩で一人逃げのびた城代の幼い次男・次郎丸による、下手人であり叔父である玉田巧座衛門への復讐劇として展開して行きますが、痛ましい事件の真相が明らかになり、最後に用意された予想もつかないどんでん返しに驚嘆すること間違いなしです。
誰が敵で、誰が味方なのか――。この小説の根底には、悲しい歴史と絶対に守らねばならない人々への強い人間愛があります。そして読み終わった後、タイトルになった『はぐれ鴉』の意味が鮮明に立ち上がってきます。
詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/haguregarasu/
■第25回大藪春彦賞を同時受賞した『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒・著)の担当編集コメントはこちら
https://www.shueisha.co.jp/pickup/12051/
第22回新潮ドキュメント賞・第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞
『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』三浦英之
【担当編集コメント】
1970~80年代、資源を求めてアフリカ大陸に進出した日本。しかし開発計画は失敗して撤退、日本人労働者と現地女性との間に生まれた子どもたちが取り残されました。三浦英之さんの『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』は、その知られざる歴史の闇に迫るルポルタージュです。
6年に及ぶ取材・執筆を経て、2022年10月に単行本として刊行。その間、2名の編集担当が現役新聞記者でもある三浦さんの赴任地・東北にお伺いして、何度もディスカッションを重ねました。難しい題材でしたが、各部署の連携により書籍として世の中に出すことができました。
日本人を父に持ちアフリカに取り残された子どもたちや、子どもたちを現地でサポートしてきた日本人の方々に、このたび受賞という形で光が当てられたことは、本当に嬉しく思います。
三浦英之さんは2015年、『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回「開高健ノンフィクション賞」を受賞。その後も、新聞記者としての仕事と並行して、『牙』『南三陸日記』『白い土地』『災害特派員』など、資源のない国・日本とは、日本人とは何か、をテーマにノンフィクションを執筆し続けています。
三浦さんはこのたびの贈賞式のスピーチで、「みなさんは今、自由でしょうか?」と問いました。
時代は刻々と変わっていきます。これからも自由な言論空間が保たれるのだろうか。もし自由が狭められたとしても、諦めず、ひとりひとりが突破口を探し続けられるだろうか──。
三浦さんの「問い」は今回、担当者である我々が考え続けてきたことでもあります。
『太陽の子』をぜひお読みいただけると嬉しいです。
詳しくはこちら
https://gakugei.shueisha.co.jp/kikan/978-4-08-781721-8.html
第36回柴田錬三郎賞
『ハヤブサ消防団』池井戸潤
【担当編集コメント】
正直に告白をしますと、『ハヤブサ消防団』というタイトルを最初に聞いたとき、時々火事は起きつつも、のどかな日常が描かれる作品なのだろうと思っていました。冒頭こそ、ほのぼのとした情景が描かれていますが、物語の半ば頃からぐいぐいと不穏な空気が漂い始め、さらにはその地域に残る悲しい歴史と、とある組織の思惑とが重なって、誰も予想をしなかったラストへとなだれ込んでゆく。この予想を裏切る展開、エンターテインメント性に富んだストーリーこそが、池井戸作品の魅力なのだと改めて感じています。
雑誌「小説すばる」での本作の連載中、池井戸さんと数名の担当編集者で、原稿をいただく度に打ち合わせをしていました。その中でご本人は「次回はこういう流れにしようと思う」とおっしゃいます。それを聞いて担当編集者たちは楽しみに原稿を待つのですが、実は、池井戸さんの予告通りの原稿が来たことは一度もありませんでした。そのため、新しい原稿をいただく度に、「今回も騙された!」と歯噛みをしつつ、予想以上に面白い原稿に歓喜する、ということを繰り返しておりました。本作は12回の連載だったので、いわば、12回の予想外の展開が連なって『ハヤブサ消防団』という物語は完成したことになります。
2022年9月の単行本発売、2023年7月のテレビ朝日での連続TVドラマ化を経て、現在は、池井戸潤さんの出身地である岐阜県で「ハヤブサプロジェクト」という町おこし事業が進んでいます。さらには、第36回柴田錬三郎賞の受賞スピーチでは「『ハヤブサ消防団』の続編を書く」という宣言がご本人から飛び出しました。ますます広がっていく“ハヤブサ”の世界に、これからもぜひご注目ください。