2025.01.15

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集英社刊 2024年度文学賞受賞作品紹介

集英社の刊行作品は、2024年度にも数々の文学賞の栄誉に輝きました。作家の執筆活動に寄り添い続けてきた担当編集者の言葉で、5作品をご紹介します。(受賞発表順)。

令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣賞第60回谷崎潤一郎賞『続きとはじまり』柴崎友香

2023年12月10日発売
定価1,980円(10%税込)

【担当編集コメント】

今年、2025年の3月11日は東日本大震災発生から14年、阪神・淡路大震災に至っては1月17日で30年という月日が経ちます。もうそんなに? まだそんなもの? と、感じる長さは人それぞれで、その時「どこにいたか」で体内時計は違ってくるのではと思います。
本作は、そんな自然災害やコロナウイルスという未知の病原体が出現した2020年3月からの2022年2月までを背景に、別々の場所で暮らす男女3人の日常が回想形式で描かれています。
作中にこんな文章があります。「十年前のことは、二十年前から見れば十年後で、現在は十年後から見れば十年前で、今は未来でもあるし、過去でもある。」
出来事は起こったときには分からず、振り返った時に初めて見えてくるものがあります。出来事は何に続いて行くか今は分からなくても、何かに続いて行きます。そして、風化しても記憶は個々の体内に蓄積されて行くのだと、そんなことを気づかせてくれる本作は、突然訪れる非日常がくるたび、立ち止まって読み返したくなる一冊だと思います。そして、俯瞰した視点で綴られる柴崎友香さんの文章を前に、「あの時」は確かにあったのだ、自分たちはそこを生きていたのだ、という実感が立ち上がってきます。
登場人物3人の日常は異なる方向を向いていますが、共通するのは、ある詩集を愛読していることです。それは何か――。ぜひ読んでお確かめいただければ。

詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/tuzukitohazimari/

2024年本屋大賞・翻訳小説部門第1位
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』 ファン・ボルム 牧野美加(訳)

2023年9月26日発売
定価:2,640円(10%税込)

【担当編集コメント】

 実在の本が問題を解決してくれる――そういった小説は、実は探せばたくさんあります。『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』もその一つ。ソウルの小さな書店とその新米女性店主ヨンジュを取り巻く小さなコミュニティを描く、海外文学業界では“ブック・オブ・ブック”と呼ばれるポピュラーなものです。
 ただし本書がほかと少し違うところは、本は登場人物たちの悩みを解決させるきっかけにはなりますが、それ以上に他者とのコミュニケーションが大切であること、結局自分で勇気を出さなくてはならないこと、そして彼らなりの山あり谷ありの人生が今後も想像できる、ということです。
 たとえばアルバイトのバリスタである(ヒュナム洞書店には、小さなカフェスペースがあります)ミンジュンは、大学時代に就活に失敗した青年です。日本以上に過酷とされる韓国の熾烈な就職競争において取りこぼされてしまった彼は、読書会に参加し、ヨンジュと本の話をしていくうちに、次第に自分が本当はどう生きたいのかを真剣に考えるようになります。
 私たちの悩みは他者からすればどれも平凡で、それを本が明快に解決してくれることはありません。でも、指針のひとつとして心に寄り添ってくれるものにはなり得るでしょう。本書が本屋大賞の翻訳小説部門をいただいたのは、こうした本そのものの真摯さと本質が書店員の皆様に伝わった成果ではないかと考えています。

詳しくはこちら
https://lp.shueisha.co.jp/hyunam-dou/

第37回三島由紀夫賞
『みどりいせき』太田ステファニー歓人

2024年2月5日発売
定価:1,870円(10%税込)

【担当編集コメント】

2023年の第47回すばる文学賞を受賞して、デビューが決まった大田ステファニー歓人さん。贈賞式での受賞スピーチがSNSで「万バズ」をげとった(「ゲット」の意味です)ことも追い風になり、『みどりいせき』は刊行前からすばる文学賞史上最大といえるほどの反響でした。そして、その圧倒的な勢いに乗って数か月後、第37回三島由紀夫賞の受賞も決まりました。
最初の一文は、「あれは春のべそ。」。
読者は漏れなく、ん? 何それ? と思うでしょう。
独特かつ饒舌な口語体で令和の若者言葉が飛び交い、最初は面くらうかもしれません。〈ペニー〉〈ギャルピ〉〈バキっちゃった〉〈キャパいわ〉などなど……。ただ、一度物語の波に乗れさえすれば、馴染みのない言葉もなぜか頭にすーっと入ってくるように。
「圧倒的中毒性」「超ド級デビュー作」と、かなり思い切ったネームをオビにぶつけたことが、決して誇張ではないということが証明された気がしました。
現在、ステファニーさんは第二作目の執筆中です。三島賞贈賞式のスピーチでは、奥様と産まれたばかりの子どもへの感謝の気持ちを述べたステファニーさんが紡ぐ物語なら、ピースな世界が広がっていると思います。初エッセイの締めの一文も、「ピース、ハオ」でしたしね。ただ、『みどりいせき』とは全く毛色の違う作品となりそうです。
第二作も是非ご期待ください!

詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/midoriiseki/

第30回島清恋愛文学賞
『最愛の』上田岳弘

2023年9月5日発売
定価:2,310円(10%税込)

【担当編集コメント】

この小説は、IT業界勤務で既婚者の恋人をもち、情報も欲望もそつなく処理して日常を生きる30代男性・久島(くどう)の、コロナ禍での現在と、学生時代という過去を描いています。
著者の上田さんが「血も涙もない的確な現代人」と表現する彼ですが、「約束して。跡形もなく私を忘れる、と」と望んだ学生時代の恋人のことが忘れられず、この人生唯一の愛が、いまも彼の心を掴んで離しません。
かつて彼女と手紙を交わしつづけた久島は、今、手紙ではなく、自分のためだけの文章を書き始めます。ダ・ヴィンチがモナリザを描き、最後まで手放さなかったように。

資本主義社会に適合して働く自分と、数字や効率の世界とはかけ離れたところで創作する自分。
この久島の二面性は、IT企業役員にして作家という上田さんの現実の反映でもあるのでしょう。
上田さんは、本作に関するインタビューで、以下のようなことをお話しされていました。

人は「恋慕」せずにはいられない生き物。
その恋慕を深く思い出す物語を書きたかった。
恋愛とは物語そのもの、自分のためだけの物語だ。

デジタルデバイスによって簡単に人と繋がり、情報共有し、承認を得られる時代において、誰とも共有せず比較もしない、自分だけの愛という「小さな物語」。
あなたは、そんな自分だけの物語をもっていますか?
久島の物語を追いながら、物語が生を再構築する力をぜひ感じてください。

詳しくはこちら
https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/saiaino/

第2回 書店員が選ぶノンフィクション大賞2024 大賞
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆

2024年4月17日発売
定価:1,100円(10%税込)

【担当編集コメント】

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」
2022年11月に、三宅香帆さんからいただいた目次案にこの文字列を見つけたとき、感じたことのない興奮を覚えました。自分が働くなかで感じていた違和感を、たった18字で言語化してもらったからです。私が感じた興奮は1年半後、読者の方々や書店員の方々に伝染していき、発売1週間で10万部、発売半年で20万部を突破。トーハン、日販、オリコンの新書年間売上ランキングでは1位を獲得いたしました。
本書の「はじめに」では、三宅さん自身が働いていて本が読めなくなった経験があることを綴りながら、読者にこう呼びかけます。
「――私は、あなたと一緒に、真剣に「働きながら本を読める社会」をつくりたいのです。
 これから、一緒に考えましょう」
この文章が、私たちを明治時代から平成にかけての日本の読書史と労働史の旅へと力強く引き込みます。その道中の面白さの紹介は、数多ある本書についての書評やレビューに譲るとして、読み終えたときに出会うのは「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いに潜む現代社会の大きな問題です。
読者に寄り添いながら、想像もできない景色へと連れて行かれる読書体験。これこそが『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の魅力であり、三宅さんの著者としてのパワーなのだと思います。
三宅さんは「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」の受賞コメントで「日本中で“あの本を買いたい”と書店へ足を運ぶ方を増やすことが、自分のミッションだと思っています」とおっしゃっていました。どうしたら読者の方が書店で買いたいと思える本を増やせるか。担当編集である私も、一緒に考えていきたいと思います。

詳しくはこちら
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/

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