『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は
なぜ20万部超のヒットになり得たのか?
2024年4月の発売からわずか一週間で10万部を突破し、10月には紙・電子累計20万部に到達した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。2万部売れれば話題作、5万部売れればヒット作と言われる新書ジャンルのなかで、異例の販売記録を更新中です。企画が生まれたきっかけを、教えてください。
そもそもの始まりは、著者の三宅香帆さんに「集英社新書で一冊書いていただきたい」という思いからでした。三宅さんは1994年生まれ。大学院在学中に著述家デビューされています。院を修了ののち企業で働かれていましたが、「もっと読書をしたい」と退社。現在、若手の文芸評論家として活躍されています。三宅さんの文章や視点は、敷居は高くないけれど奥深い。独特のパワーがあるんです。専門知識をおさえながらも時代や読者に寄り添った考察に、私も共感することが多く、執筆を依頼したいと、ずっと思っていました。
もともと三宅さんの著作に親しまれていたんですね。
はい。三宅さんの専門分野を考えて、「読書術」をテーマに、編集会議に企画を出しました。「読書術」の企画をつくった背景には、コロナ禍に学び直しの風潮が高まってきていたことも影響しています。ビジネスパーソンの間で「速読術」をあつかった本が流行っていたのですが、私のなかで「読書術ってなんだろう?」、「そもそも、“読書”って何だろう?」という思いが次第に湧き上がっていました。
そこで三宅さんに現代の読書術を評したり、読書から時代背景が分かる一冊を書いていただければと『読書術の読書術』という仮タイトルで企画をたてました。編集部で無事に企画が通り、2021年のはじめごろに、執筆を打診しました。
本作は「読書の歴史」と「労働の歴史」を辿りながら、現代人の働き方を再考するのが最大の読みどころです。当初の企画である“読書術”が、どうやって現在のタイトルや内容へと、発展していったのでしょうか。
『なぜ働いていると~』の前年に担当した『ファスト教養』の発売タイミングで、刊行記念にWeb記事の企画で、著者のレジーさんと三宅さんに対談していただくことになったんです。『ファスト教養』は、“教養”と捉えられている古典文学や名著などを、“ビジネスのために読む”ことについて、現代の社会構造と重ね合わせながら考察した一冊です。レジーさんと三宅さんの対談のなかで、「いまの社会では働き出すと、読書を含めて“趣味を楽しむ”ことが難しい」、「それってどういうことなんだろうね」という話題に発展しまして。対談を読んでくださった方からも、共感の意見がたくさん届きました。すると三宅さんのほうから「“読書術”の執筆についてですが、少し方向性を変えてもいいですか?」とご相談があったんです。続いて、現在の本のタイトルと、目次が送られてきました。
対談を経て、著者の三宅さんのなかで突破口のようなものがあったのでしょうか。
そうだと思います。『なぜ働いていると~』は、タイトルも企画内容も、編集者主導の一冊だと思われがちなんですが、じつは三宅さんの社会に対する鋭い感性から、発展して生まれた本なんです。
ヒットの公算はありましたか?
はい。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』というタイトル、そして目次を拝読した瞬間に、めちゃめちゃヒットすると思いました。三宅さんにも「必ず売れる自信があります。新書大賞を目指しましょう!」とお伝えしましたね。本当に凄いものができるぞ、と感じて、興奮し過ぎていたので「この一冊で、三宅さんの人生が変わります」と口走ってしまったような気もします(笑)。その後、Web媒体の「集英社新書プラス」の連載としてスタートさせたのですが、予想通りに反響もかなり大きいものでした。SNS上でも話題になっていましたね。世の中の反応を目の当たりにし、「一冊の新書にする際にはなんとしてでも売りたい」、「発売後一年で10万部は出したい」とは思っていました。実際にはその目論見が、わずか一週間で達成されてしまって……。予想外のスピードでした。
発売にあたり、社内の部署とはどんな連携をしていたのですか。
Web連載中からヒットの手ごたえを感じていたので、書籍販売部の担当者には「とにかくできる限り多く売りたいです」と意思を伝えて、急な重版にも対応できる体制を事前に整えてもらいました。これは新書ではあまりないケースです。書籍販売部のなかでも“この本を売っていくぞ”と、ポジティブな空気が満ち溢れているのを感じました。そして実際に、発売前の事前予約段階で初版部数が達成されてしまったので、発売前から重版決定となり、いっときは在庫切れに……。在庫切れ期間中は書店さんや読者の皆様にはご迷惑をおかけしてしまいました。また宣伝部からもプロモーションに関するアイデアなどをたくさん提案してもらいましたね。
書店さんからの応援もあったと聞いています。
「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」にも選んでいただきました。じつはWeb連載中の段階から、書店員さんからも「いつ出るんですか?」と期待の声が届いていたんです。また、イベントやサイン会、フェアのご提案も多数いただきました。
書籍販売部の担当者のアイデアで、販促用拡材として、三宅さんの手書きPOPをつくり全国の書店さんに頒布したのですが、多くの書店さんで実際にご使用いただくことができました。三宅さんご自身、大学院時代に書店でアルバイトのご経験があって書店愛が強い方です。こういった企画提案や店頭イベントにも、楽しんで協力してくださいました。
現在進行形で売れている新書です。担当編集者としては“この先”をどう考えていますか?
これだけ多くの方に読んでいただける作品になったので、今後は新書の枠に捉われなくてもよいのではないかと考えています。それこそ集英社は総合出版社ですから、コミカライズや実写化するなど、もっといろんな可能性があるのではないかと思うんですよね。よい本をつくると、著者、書店さん、販売部、宣伝部、そして編集部と、相乗効果が生まれて、コンテンツをどんどん盛り上げていくことができるのだと、現場で実感している最中です。
若手編集者としての使命。
いまの時代だから、伝えたいこと、すべきこと
三宅香帆さんは30代前半、そして『ファスト教養』のレジーさんは40代前半と、新書の書き手としては若い方々です。吉田さんが、新たな書き手を積極的に発掘しているのはなぜでしょうか?
これまで新書は「おもに50~60代の人たちが読んだり書いたりする世界で、若い層はそこまで必要としていないコンテンツ」だと言われてきました。ところが書店さん経由の販売データを確認すると、全く違う結果が見えてくる。積極的に新書を購入している人は、じつは30~40代だったりするんです。となると、これはつくる側が単に現状を把握し切れていなかっただけではないだろうか、と。そして、もっと若い年齢層に向けて新書をつくれるだろうと思ったことが、新たな書き手を開拓する理由のひとつです。
従来よりも若い読者層に向けて、どんな新書を届けたいと思っていますか?
一般的に、「世の中の人は本を読まない」、「読書離れ」などと言われて久しいですが、これも“読書”の捉え方次第なのかなと。私の個人的な感覚も入るのですが、ビジネス書や仕事に役立つ本はいまも読まれていて、そうした本を買っているのは、「本を読まない」と言われている20代や30代です。娯楽としての読書をする人は減ったかもしれないものの、スキル向上やキャリアアップ、自分たちのこれからの働き方についてなど、もっと切実な理由で本を必要としている若い人はたくさんいます。そういった人たちに、新書が寄り添って、仕事以外の文脈の楽しさを伝えられたらいいなとは思っていますね。
「新書だからこそ伝えられる」ということはありますか?
一般のビジネス書のように明確に答えを出せるわけでないですが、仕事や現代社会にモヤモヤを感じている人に対して、同世代の書き手が発信する問題意識を共有していければ、と思っていますね。それに新書の書き手の中心である人文系の研究者も、昨今は学術の世界に留まらず、ビジネスパーソンの方々に向けてのメッセージを発している方が多いと思います。
新しい書き手の方々に期待していることはありますか?
新書の出版をきっかけに、ゆくゆくはオピニオンリーダーのような方が生まれたら、編集者としてはうれしいです。集英社新書にはWeb媒体の「集英社新書プラス」があります。Webでの連載枠を、もっと若い世代の書き手の場にも広げていけたらいいですし。唯一無二の魅力を持った書き手やクリエイターを見つけて、どんどん育てていく……というのは、新書に限らず、編集者の仕事の醍醐味ではないでしょうか。
編集者として時代を読み取りながら、独自の着眼点を持つ吉田さん。その発想はどこから生まれてくるのでしょう?
もともとどんなものでも楽しめる、お気楽な性格もあると思います(笑)。ただし、何事にも「偏見を持たない」、「何にでも好奇心を持つ」ようにはしています。人気のエンタメがあると「どうしてみんなの心を捉えているのだろう?」と考えるのも好きですね。
そのようなフラットな目線を持つようになったのは、なぜですか?
読書をはじめ、文化的なものを好きになると、ある時点から“これはいい”“これは違う”といった、自分なりの基準を持つようになると思うんです。もちろんいいことなのですが、あまりにも持論を極め過ぎると、現実社会の反応とはかけ離れていく場合も多いような気がしていて(笑)。偏愛は大切なものですが、固執し過ぎると、本当に面白いものや、世の中に受け入れられているもののよさを見落としてしまう可能性があるかもしれないなと。僕もカルチャーは大好きだからこそ、できる限り、バランスの良いものの見方をするように心がけていますね。
日々のなかで意識していることがあれば教えてください。
著者の方との雑談から、ヒントを得る場合も多いです。最近、三宅さんから「タイトルから予想を立てて読み始めたら内容が予想外だったり、前半と後半とでは全く異なる展開にぐいぐい惹きこまれる本がある。私はこういった本を“胃袋つかみ系”と呼んでいる」と言われて、「なるほどな~。“胃袋つかみ系の本”かあ」と。また私の中で新しい学びを得た気がしました。こういった会話をはじめ、世の中にたくさんある、面白いことを見逃したくない、という気持ちが強いのかもしれません。
吉田さんにとって、集英社新書の魅力はどこにあると思いますか?
いい意味で“カラーが定まっていない”部分かもしれません。集英社新書は創刊から約25年ほど。日本国内では100年近い歴史を持つ新書というジャンルのなかでは、歴史が浅いんです。だからこそ編集部のなかにも、特別な型にはまらず、自由にやっていこう! という雰囲気がありますね。「若手文芸評論家の三宅さんで、読書術の本を出したい」と話した際も、「いいじゃない」、「面白そう」と、前向きに受け入れてもらえました。
集英社新書のキャッチフレーズは「知の水先案内人」。良き案内人になれていますか?
なれていると思います(笑)! 私は入社時に「週刊プレイボーイ」など現場取材やライティングができる部署を希望していました。ところがいざ配属されたのは、新書編集部だったんです。新書に入社1年目から配属される、というイメージがなかったので驚きつつ、「“知の水先案内人”になります!」と同期のみんなや人事部の前で宣言しました(笑)。ちょうどコロナ禍真っただ中の2020年入社で、新人研修もすべてオンラインという、独特の状況からの社会人スタートでした。あれから4年の月日が経ち――。自分では配属時の宣言通りに、案内人として試行錯誤できていると思っています。
最後に、集英社に興味を持つ就活生へメッセージをください!
世の中で流行っている本は、一通り目を通しておくといいと思います。自分もそうだったのですが、本が好きであればあるほど、流行っているものを見ていなかったりしがちです。けれども、会社員になってから自分の興味の範囲外のヒット作も、読んでみると面白いし発見があると気がつきました。それから手前味噌にはなりますが、集英社の刊行物はちゃんとチェックしておいたほうがいいかなと(笑)。たとえば週刊誌は年にだいたい50冊発行されています。50冊ならば少しまとまった時間があれば図書館でも読めますし、2年分、3年分とひも解いていけば、それぞれの媒体の歴史や雰囲気を掴めると思います。あとは国内外の映画やドラマ、音楽など、出版以外のポップカルチャーの潮流も、チェックしておく。集英社は新しいことに挑戦し、新たな才能を育てていく会社です。どの部署で働くとしても、いま一番面白いものを探して、触れておくことは重要だったと思います。こうして多面的な視点を持ちつつも、自分のなかで「これは誰にも譲れないほど詳しい」、「大好きだ」という何かがあれば、面白いコンテンツを世の中に提供していけるのではないでしょうか。